三村徹
(筑波大学大学院体育研究科)
目的
本研究の目的は,記述トレーニングによってサッカー技能であるトラップ,パス,ボールコントロールを選手が学習するときに,効果がどのように現れるか,を検討することであった.
予備実験の結果
学習者による報告として,「次の日に,記述した場面と同じ場面があり,そのときはうまくできた」という言葉が聞かれた.また,「自分のプレーをビデオで見ること」と「想定したトレーニング」は良かったとも述べた.さらに「ビデオを見て記述してみると今まで試合中に見えなかったものが見える」,「今まで流して気をつけなかったことを確認できる」という意見もあった. 予備実験の結果,パフォーマンスの評価方法に問題点の存在することが明らかとなり,本実験において「コーチによる学習評価」,「自己学習評価」を加えた.
方法
(期間7月29日〜9月8日)
1.学習者
T大学サッカー部MFの平均年齢19.5歳(S.D.=0.55)6名.
競技レベルは県大学リーグ程度.
群分け
記述トレーニング群3名と統制群3名.
2.トレーニング
1)記述トレーニング
技能の記述
記述トレーニングは学習者が行ったゲームの録画されたビデオテープを見ながら,学習者が自分の行った技能の中から,悪かったと思う技能,またはコーチから指導された技能から2つを選択し,それぞれについて記述を行った.ビデオを見ながら学習者は自由にビデオデッキを操作することができ,学習者の間で指摘し合うことが許された.学習者
は技能想起によって振り返るように指示され,記述時はビデオは見ないようにした.
記述の形式は実験者が作成した技能の記述用紙を用いた.学習者はまず,プレーした場所として自分の位置,味方の位置,敵の位置,自分の行ったプレー,味方の動き,敵の動き,をサッカーコートの図に示した.次に,プレーの流れを図および言葉で記述し,悪かったところまたはコーチのアドバイスを文章化し,次からやろうと思うことをパターン1〜3のようにできるだけ3つ思い浮かべながら,図および言語で表現した.
2)サッカーの練習状況
3)サッカーの試合状況
4.評価方法
学習者はサッカーの試合を行い,これをビデオに録画し,評価を行う.3回の評価があり,プリテスト,中間テスト,ポストテストであった(今回は中間テストまで).
1)ゲーム分析
2)コーチの評価
評価者はチームコーチとチーム外コーチの2人であった.
3)改善すべき技能
プリテストにおいて,チームコーチとチーム外コーチの2人は録画したビデオテープを見たあと,学習者の「改善すべき技能」を示した.中間テストとポストテストにおいて,指摘された技能を学習者が学習しているかを評価した.
4)コーチによる学習評価
中間テストとポストテストにおいて「改善すべき技能」がどのように変わったかを評価者は「コーチによる学習評価」によって示した.技能毎に80点満点で評価した.表3を参照.
5)自己学習評価
自己学習評価は学習者自身が記述した技能がどのように変化したかを評価するものであった.技能毎に80点満点で評価した.表4を参照.
6)技能に関する知識構造と技能レベル
これによってトレーニング経過とともにできるようになる技能が増えるかどうかを検討した.
5.手続き
結果
1.ゲーム分析
表1にはゲーム分析による実験群と統制群に関するプリテストと中間テストの差(mid-test - pre-test)を実験群について示した.実験群について,個人内に大きな変化は見られないものの,Aの「来る方向と向く方向」の「移動なし」が4回増え,「90度」が3回減少していることに注目できる.このことはトラップに関して,Aの中間テストにおけるパフォーマンスが優れていなかったことを示す.さらに,Aについて「キックした距離」が5m未満が3回増加,5〜10mが3回減少していることも中間テストのパフォーマンスの悪いことを示している.そのほかについては特に変化が見られなかったと言える.
統制群について,Dの「キックした距離」における20〜30mが4回増加,「パスした方向と頻度」における「前方」が3回増加,は技能が向上したことを示している.逆に,Eの「キックした距離」における5m未満が3回増加し,10〜20mは3回減少していること,「パスした方向」における「後方」が3回増加していること,さらに,Fの「来る方向と向く方向」における「移動なし」が3増加していること,は技能が向上していないことを示している.
実験群と統制群の間の差については,明確な差はこの方法では示すことはできなかった.
2.コーチの評価
評価の結果は学習者によって異なっている.Aは一様にプリテストから中間テストにかけてパフォーマンスが低下しており,Cは大きな変化はないが,やや評価が上昇,Bは全体的にかつ大幅にトラップとパスに関する評価が上がった(表2,図1,図2).Aのパフォーマンスが低下した結果はゲーム分析にも現れている.
3.コーチによる学習評価
表3に2人の評価者が行った「コーチによる学習評価」得点を示した.Bの評価は全ての改善点に関して向上した.Cについても微少であるが,4項目について改善したという評価が得られた.しかし,上述した結果と一致して,Aの改善点はほとんど変わっていないという結果が示された.
4.自己学習評価
表4には,学習者が記述した技能向上に関する自己評価を行った結果を示した.項目の内容と数が異なるものの,3人の学習者とも自分の技能が向上したことを数項目に関して表した.Aについては最大で26点であり,BとCについてはそれぞれ44点と66点であった.このことはBとCはある項目に関して,高く満足しているのに対し,Aの満足度は低いと考えられる.
5.技能に関する知識構造と技能レベル
自己評価を行ったこの得点は図3に示したように,AとBは全く総得点に変化がないのに対し,Cは75点から86点に伸びている.各項目に関して,「練習場面ではできる」から「試合場面でできる」に変化したものは,Aは2つ,Bは0,Cは2つであった.このような変化はチーム練習を続けていれば起こり得る変化であり,2週間の記述トレーニングによっては技能レベルは大きく変化しないと示唆される.
6.想起能力テスト
最後に,図4に示した想起能力テストのプリテストと中間テストに関する結果である.Aの得点変化とと,BCの得点変化の間に顕著な差が現れた.Aは1516でプリテストと中間テストで変化がなかったが,BとCは1172→1354と695→1174にそれぞれ大幅な変動があった.
想起能力とパフォーマンスの関係はイメージ研究の鍵となっている(Hall,1985)ということはAがほとんど技能が伸びなかったというゲーム分析,コーチの評価,コーチによる学習評価の結果と一致する.逆に,BとCは想起能力の向上と技能の向上の両方を示した.
考察
改善した技能と改善しなかった技能を「コーチによる学習評価」と「自己学習評価」をまとめ,記述トレーニングの効果があったものを検討してみると,以下のように6つの技能にまとめることが可能であろう.
1.筋感覚と関係した技能
身体訓練を中心に獲得される技能で,例えば,ワンタッチコントロール,トラップを浮かさないことなどである.
2.状況認識と関係した技能
周りの味方,敵,ゴールなどの位置に関する認識技能である.
3.ボールキープ時の状況認識と関係した技能
ボールを選手が保持したときに周りの状況を見て,認識する技能である.これは一つの2重課題であり,ボールを扱いながら,周りの状況変化を認識することである.例えば,ボールキープ時のルックアラウンド,である.
4.状況対応(戦術,知識)と関係した技能
ある状況に対して行うべき技能が決まっている場合があり,これは戦術や知識に基づいている.例えば,サイドライン際でボールを受けるとき,体を前方に向け(ボディシェイプ),ライン側の足でボールを前にトラップするといったようにである.
5.意志決定と関係した技能
周りの状況がわかっていたとしても,その後にどうすればよいかということが決められないことがあり,判断が遅いことがある.このような技能を意志決定と関係した技能とする.例えば,トラップの方向についての決定である.
6.行動計画と関係した技能
次に何をするかということを考えておくことを,行動計画と関係した技能とする.例えば,トラップの後にボールをどこに置くか考えてトラップすること,である.
以上のように技能を分類した上で,記述トレーニングによって向上した技能は全般に渡っていた.一方,改善しなかった技能は「筋感覚」「状況対応」と関係した技能であった.詳しい内容は「筋感覚」に関して,「パスの質(スピード)」「弾んだボールの処理」である.「状況対応」に関して,「囲まれているときに簡単にプレーしていない」「パスのコース」「サイドバックのオーバーラップを利用した展開」である.「ボールキープ時の状況認識」に関して,「ルックアラウンド」「囲まれたときのルックアップ」である.
以上のような検討からわかるように,「状況認識」「意志決定」「行動計画」に関係した技能は記述トレーニングによって向上する可能性があると示唆される. 本研究の記述
トレーニングはビデオ,記述,想定トレーニング,コーチの指導を含んでいた.これらのトレーニング方法は技能向上のために必要であると思われたために使用したが,結果的に要素が多いためにどれが何に効果を与えたかをわかりにくくしてしまった.
本研究の根本的な議論として,スポーツ心理学の見地から「記述トレーニングはイメージトレーニングか」ということが問題となる.想起能力テストと技能向上の関係から,想起能力を伸ばすことが技能向上と関係が深いという結果が示されたため,記述トレーニングがイメージと深く関係していると言える.一方で,記述することはイメージ能力を高めることより想起した内容を確認することに役だったとも考えられる.おそらく,記述トレーニングはイメージを想起することを補助し,想起だけでは忘れてしまうものを言葉や図で残すことによって強化しているのだろう.
方法論的問題点
・評価に困難
・想起能力テストの因子は適当か
・研究として,参考文献が乏しく,何を見ればよいかわからなかった
展望
・選手が学習したのは状況それとも技能?
・新しい技能を身につけるためのこの種のトレーニングの考案
コメント
麓 信義(弘前大学)
発表対象の調査課題は実戦向きで非常に興味をそそるものであるが、実戦向きということは、やはり、研究としては測定の信頼性の問題が残るという印象を受けた。たとえば、現実のクラブ活動では個人の反省とコーチの指摘で実践能力が向上するが、記述トレーニングの具体的場面を選ぶときに本人の反省またはコーチの指摘から選ぶのは、実験条件としては統制がとれていないことになる。また、発表者が課した想起能力テストでは、サッカー技能に関する筋感覚の想起能力と練習や試合の状況の想起能力が平行して測られている。実戦能力の向上を学習と考えると、技術の学習と技術をいかに使うかの学習がミックスされた対象者の能力向上がイメージされるのかも知れないが、記述トレーニングでキックやトラップの技術能力が高まるとは思われない。もし、記述トレーニングによって技術がうまく発揮されるようになったとしても、その原因は状況に対応できたので冷静にボールを処理できたために生じた副次的現象ではなかろうか。
クラブ活動の実際をそのまま研究に取り込んだため記述トレーニングの場面自体の統制がとれておらず、また学習効果も実戦で見ようとしたためにゲーム分析やコーチと本人の評価が尺度となったが、この方法では、効果の尺度の信頼性が問題であるとともに、どの場面の記述トレーニングが実戦のどのプレーに対して効果的なのかを特定できないで
あろう。
ミニゲームや狭いグリットでのパス回しのように、プレーが限定された状況で特定のプレーをターゲットにした記述トレーニングを行えば、評価の指標もより客観的でまとまりを持ったものとなったであろう。会場でも少し話題になったように、被験者以外は皆同じメンバーで同じメニューの練習をして、その場面のVTRをもとに、記述トレーニングを行い、同じ場面での最終練習をテストとして録画してゲーム分析してパスのコースや長さを測定したり、同じような場面をピックアップしてコーチに評価させたりすれば、練習効果のより客観的な尺度となると思われる。次の研究では、評価すべき技術を絞ってその技術が実戦に近い形で使われやすい練習形態を考案して、それを今回の試合のように扱った実験計画を立てて、スマートな結果を出してほしい。
想起能力の因子については具体的な内容がわからないのでコメントできないが、練習状況と試合状況に分けるのではなく、局所的な状況とオールコート的状況になるのではないかと思われる。いずれにしても、因子分析的に因子を考えるのか、戦術の組立から論理的に因子を考えるのかでも違ってくるだろう。
展望の所で、発表者は学習したのが状況か技能かという問題の立て方をしているが、この実験が全般的な反省(個人に反省内容を選択させているので)による全般的な競技能力向上(試合での評価を行っているから)効果を測定しているのでこのような問題提起になると思われるが、この実験で用いられたような個々の場面を用いた記述トレーニングで向上するのは、当該場面での技術を使う能力、たとえば、インサイドキックはできていてそれを密集した場面で壁パスとして使う能力のようなものではないかと思われる。そうだとすれば、上に述べたような小状況で、壁パスについての反省を求め、それについての記述トレーニングを行い、壁パスの使用能力が向上したかどうかを客観的な指標やコーチの評価で確認する研究が必要なのではないだろうか。
最後に、記述トレーニングという言葉は熟しているのかうかがいたい。内容を聞いていると、たしかに、コーチが試合後にとうとうと意見を述べて本人の反省をうながすだけよりも効果があると思えますが、実際のコーチ現場での普及率や先行研究の有無についてお話いただければ幸いです。
コメント
兄井 彰(福岡教育大学)
ボールゲームにおける記述的なトレーニングには,とても興味があります.以下は,最近のこのようなトレーニング法を概観したものです.このような研究は,従来,ボールゲームに関する状況判断能力の測定やそのトレーニングを主眼として行われてきています.
中川(1984)が,ボールゲームにおける状況判断能力を「ゲーム中で,遂行するプレーに関する決定を行うこと」という定義を行っています.この操作性の高い定義に基づいてそれ以後,いろいろな研究が行われてきています(具体的な研究については,本多
(1993)や下園ら(1994)を参考にして下さい).その中で,本実験のように,ビデオやスライドなどを使って,ゲーム状況を再現し,その時の意思決定や後続のゲーム状況の予測を行わせている研究が数多くあります.またボールゲームを対象とし,ビデオを用いた記述的なトレーニングを中心とする,認知的トレーニングの一連の研究があります.これらの研究は,個人の当該のゲーム状況における戦術的的確度を高めるだけでなく,チームメンバー間の意思決定の同一性と質の向上を目的としたトレーニング法の開発が中心課題であると言えます.中川(1994)はこれらの研究を,概観した後,このような認知的トレーニングが戦術トレーニングとして有効であること示し,その推奨される方法として,(1)本人自身がプレーしているビデオを用いてトレーニングを行う,(2)トレーニング時にコーチ等の助言者が戦術的意図の徹底を行う,(3)トレーニング期間を十分長くとる,(4)フィールドでの実際のトレーニングとの連携をはかる,ことをあげています.
中川ら(1994),山本ら(1995)は,上記の(1)の指摘をふまえ,認知的トレーニングに,本人自身がプレーしているビデオを用いて実験を行い,判断の側面だけに限定した認知的課題テストでの効果を明らかにしています.また,下園ら(1996)は,上記の(4)の指摘から,室内のトレーニングだけでなく,実際のフィールドにビデオを持ち込み,実際にプレーした直後に,そのプレーのビデオを用いた認知的トレーニングを実施し効果を検証しています.山本ら(1996)は,トレーニング時の記述方法を改良し,バレーボールの仮想の区画線が引かれたコートの縮図を用いて,コート上での動きのイメージが描きやすいよう工夫した実験で,トレーニングの有効性を検証しています.
以上,これらの研究を概観すると,おおよそ一般的なボールゲーム(ラグビー,ハンドボール,サッカー,バレーボール等)で状況判断についての研究が行われています.また,認知的トレーニングを中心とする研究では,認知的側面では効果があることは明確となっていますが,パフォーマンスにその効果が転移し,プレーの質が向上するところまでは明らかになっていないのではないかと思われます.そして,このような研究では,どれも個々の技能に対してトレーニングを行うようなものは見あたらず,また自己のプレー時の筋感覚等を扱ったものはないようです.
このことは,従来の記述的な方法を用いたトレーニングでは,外部状況に対して意識化すること,あるいはゲーム状況のカテゴリー化(中川,1994)を主眼としているところがあるのでしょう.下園ら(1994)はゲーム状況に関する意思決定を言語化することは,その意思決定についての戦術的知識を意識化し定着させ,それを構造化しているのではないかと考察しています.しかし,プレーヤー自身の内部感覚や状況を意識化するためにも記述的なトレーニングは効果があるのではないでしょうか.
引用文献
本多靖浩 1993 バレーボールにおける状況判断能力研究の意義と問題点 兵庫教育大学紀要 13(3) 139-147.
猪俣公宏・武田 徹・小山哲・荒木雅信・吉井 泉・岩佐美喜子・西村 政春・宍倉保雄・浅野幹也 1992 ハンドボールにおける認知的トレーニングの効果 平成3年度日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究報告 No.IIIチームスポーツのメンタルマ
ネージメントに関する研究−第2報−, 29-37.
猪俣公宏・小山 哲・荒木雅信・中川 昭・武田 徹・小山哲央・兄井 彰・伊藤友記・浅野幹也・宍倉保雄・石倉忠夫・工藤和俊・粟木一博・岩佐美喜子・高妻容一・吉井 泉 1993 ハンドボールにおける認知的トレーニングの効果 平成4年度日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究報告 No.IIIチームスポーツのメンタルマネージメントに関する研究−第3報−, 11-21.
伊藤友記・山本勝昭・下園博信・遠藤俊郎・猪俣公宏・兄井 彰 1996 高校生バレーボールチームに対する認知的トレーニングの効果 日本スポーツ心理学会第23回大会抄録
中川 昭 1984b ボールゲームにおける状況判断研究のための基本概念の検討 体育学研究, 28, (4), 287-297.
中川 昭 1994チームゲームにおけるビデオを使った戦術的トレーニング 体育の科学 44, 550-553.
中川 昭・勝田 隆・粟木一博・天野和彦・蓑田圭二・飯沼 健・兄井 彰 1994 高校生ラグビープレーヤーに対する認知的トレーニングの効果 平成5年度日本オリンッピク委員会スポーツ医・科学研究報告 No.IIIジュニア期のメンタルマネージメントに関する研究−第1報−, 4-9.
下園博信・山本勝昭・村上 純・兄井 彰 1994 ラグビーにおける状況判断能力に及ぼす認知的トレーニングの効果−バックスプレーヤーについて− スポーツ心理学研究 21, 32-38.
下園博信・村上 純・山本勝昭・兄井 彰 1996 ラグビーにおける状況判断と意思統一に及ぼす認知的トレーニングの効果−バックスプレーヤーに焦点づけて− 日本スポーツ心理学会第23回大会抄録
山本勝昭・遠藤俊郎・兄井 彰・山口幸生・徳島 了・江副成郷・牛原信次 1995 バレーボールのフォーメーションにおける認知的トレーニングの効果 平成6年度日本オリンッピク委員会スポーツ医・科学研究報告 No.IIIジュニア期のメンタルマネージメントに関する研究−第2報−,51-60.
山本勝昭・遠藤俊郎・伊藤友記・下園博信・兄井 彰・徳島 了・甲斐田修・江副成郷・山津幸司 1996 高校バレーボールプレーヤーに対する認知的トレーニングの効果 平成7年度日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究報告 No.IIIジュニア期のメンタルマネージメントに関する研究−第3報−,25-38.
コメント
伊藤 友記(福岡大学)
氏の発表に対して,この種のトレーニングに関する研究の概観を兄井氏にしてもらい,私の方で実際の氏の研究の内容に対するコメントをするという形をとらせていただきます.
全体的には,氏が何を狙ってこのようなトレーニングを実施したかが今一つ明確に伝わってこなかったという印象を受けました.もちろんサッカー技能の向上を狙って行われているのはわかるのですが,その中でも,特に何を選手に体得させたいかという意味においてです.研究の目的には「記述トレーニングによってサッカー技能であるトラップ,パス,ボールコントロールを選手が学習するときに,効果がどのように現れるかを検討すること」とありました.氏の言う技能は単にボールの扱いがうまいとかいった意味ではなしに,もっと実際のプレー状況下で,実際のパスやボールコントロールを的確なタイミングでしかも正確に行える能力全体を指しているように思います.そこには体の使い方そのもの,ボールの扱い方そのもの,周囲の状況の認識,そこで要求されるプレーの判断など全てが含まれているわけです.いわゆる技能の分類の一つである,認知スキル(cognitive skill)と運動スキル(motor skill)の両者を含んでいるわけです.スポーツに於ける技能というのはそれらが分かちがたく組み合わさったものだという考えはよくわかります.
Johnson(1961)が技能を決定する要因として,Skill=speed×accuracy×form×adaptabilityの4要素をあげています.speedの要素としては動作速度や判断などの認知のスピード.accuracyの要素は認知の正確性,動作の正確性,動作修正の正確性など.formというのは美しいフォーム,合理的なフォームなど.adaptabilityというのは多様に変化する状況の中で上記3要因を効率よく統合して,直面した事態に対処していく能力の事を指しています.
こう考えると,単にサッカーの「技能」といった場合にその意味あいはとても広いわけです.氏が考えられた記述トレーニングに,その全ての要因への貢献を期待されたのかどうかという点で疑問が湧いてきます.乱暴に言わせていただけば,記述トレーニング(と想定トレーニング)によって何もかも向上が期待できるなら,すでにトレーニング法として確立しているような気がするわけです.氏が計画されたトレーニング方法によって期待される能力の向上は何かという視点を最初に持つべきだと思います.それを明確にしておけば,おのずと見るべき指標すなわち効果を測る指標は決まってくるように思うのですがいかがでしょうか.
次に氏が考察の最後に述べておられた「記述トレーニングはイメージトレーニングか」という問題についてです.答えはおそらく「No」でしょう.というかこれもまた氏がイメージトレーニングをどのように定義されるかという問題に関わります.イメージトレーニングを「観察可能な身体的練習をすることなく,課題遂行のイメージを想起して練習する方法」と定義すれば,課題遂行について記述することは課題をイメージすることと必ずしもイコールではありません.ですからこの場合,「記述トレーニングは必ずしもイメージトレーニングではない」という言い方になるかもしれませんね.しかしながら氏自身が述べられているように,記述する,すなわち言語化することがイメージすべき課題の内容を明確にする助けとなるということは考えられると思います.それが効果的に働くかどうかはまた別次元の問題という気がします.運動技能のイメージが必ずしも言語化が可能なことばかりではないためです.
最後に少し横道に逸れるかもしれませんが,むしろ本質的な話のような気もする内容について述べたいと思います.それは,いわゆるこういった状況判断と意志決定の能力を高めるトレーニングの在り方についてです.ビデオのストップシーンを観察して,そこで考え得るプレーの選択肢を考え,的確だと思って下される判断は果たしてどこまで実際場面のそれと対応しているのでしょう.その判断が自己を含めた環境,即ち自己の動きを伴った実際の状況下で下される場合と,そこでの状況のストップシーンを1枚取り出してそれを観察することによって判断される場合では,質的な意味あいで,その内容というのは果たして等しいのでしょうか・・・.基本的にはストップシーンでの判断が動的状況においても生かされるはずだという前提というか,思いこみのようなものがあるとも思います.そのあたりがどう考えたらいいのか僕もよくわかりません.やはり(自己の動きを伴った)動的状況下での判断はまさに動的状況下のみによって可能なのでしょうか・・・.質問とも意見ともつかぬ独り言ですみませんが(特にエコロジストの兄井さんどうなんでしょ・・・).
引用文献
Johnson,H.W.,"Skill=speed×accuracy×form×adaptability",Perceptual & Motor Skills,1961,13,163-173
コメント
兄井 彰(福岡教育大学)
兄井です.事前に伊藤さんコメントを読んだ(実は,見ての通りコメントの役割を」分担していた)ので,エコロジスト(?)の意見を少し.伊藤さんが言う通り,動的な場面と静的な場面ではその内容が違うように思います.
簡単に言ってしまうと,実際のゲーム状況の本質と思われるものを,いかに静的に抽出しようとも,その状況を離れては,意思決定に必要な知識(?)を得られないのではないかということです.佐々木(1996)は,Chase(1983)のナヴィゲーション研究を引用して,「街でのナヴィゲーションを職業にする人は,その場を離れてしまうと他者に伝えられない道の知識がある.その知識は道と出合うことでしかあらわれない.その知識はナヴィゲーションを介さなければ,つまり移動しなくてはあらわにならない.ナヴィゲーションに熟練するとは,この,ルートに潜在する知識を利用する接触の仕方がうまく確実になることのようである.」と考察しています.そのように考えると,やっぱり実際の場面でトレーニングを行う方が効果的だと思います.
しかし,ビデオなどを用いたトレーニングも,そのビデオから得られる知識だけ(?)ではあるが記憶が構造化され,意思決定に何らかの効果を示すのではないかと思います(この考えは,以前中川昭先生と話したときに聞いたものです).そうでなければ,この種のトレーニングは無意味になってしまいます.たぶん,ゲーム状況の中で意思決定に利用できる知識と接触する仕方の簡易な方略みたいなものをビデオを用いたトレーニン
グでもある程度は見つけだし,習得しているのではないかと思います.
文献
Chase, W. G. 1983 Spatial representation of taxi driver. In D. R. Rogers & J. H. Slobada (Eds.), Acquisition of symbolic skills (pp.391-405), NewYork: Plenum.
佐々木正人 1996 想起についての「自然」についての覚書 想起のフィールドワーク 現在のなかの過去 2章 新曜社 31-67.
コメントに対する返答
三村徹
麓先生へ
本実験は統制がとれていないことは,現場で近いところで研究をしたいという私の意識から引き起こった問題です.実験計画,方法にも多くの問題はあったかもしれませんが,麓先生が述べられているように,統制のとれた実験が必要だと考えています.そして,この統制のとれた実験ではグリッドを用いたパスゲームを行う予定です.
「記述トレーニング」が熟した言葉であるかどうかですが,このような言葉はありませんが,「サッカー日誌(ノート)」というものはあり,練習内容,その日の気持ち,その日に考えたことなど,心理技法を実行するために,都合の良いものはあります.尚,「記述トレーニング」という言葉は最初はイメージトレーニングに代わる言葉として用いていましたが,記述トレーニングに含まれるビデオによるフィードバックの意味が大きいので,この言葉が小さくなってしまいました.
最近やっと記述トレーニングにおいて,選手が何を学習しているのかが見えてくるようになりました.記述トレーニングにおける重要なポイントは,「ビデオによるフィードバック」「内側から見た自分と外側から見た自分」「状況の記憶」「技能に対する意識」などということになりますが,これらについて,今後修士論文でまとめていく予定です.
兄井先生へ
さまざまな状況判断に関するビデオを用いた記述的なトレーニングの先行研究を紹介していただきありがとうございました.本研究がどの程度先行研究と異なっていて,どの程度似通っている以下をはっきりさせていかなければならないと考えています.状況判断の定義が「ゲーム中で,遂行するプレーに関する決定を行うこと」であるなら,本実験も状況判断に関する研究といえます.しかし,本実験のトレーニングはトレーニングする対象が曖昧で,状況判断も含んだトレーニングになってしまったと言わざるを得ません.これは本実験における大きな問題点であると痛感しております.
伊藤先生へ
伊藤先生が述べられているように,本実験におけるトレーニングのねらいが明確でないことは否めませんが,まず,私の知りたかったことは「現場で使えるメンタルプラクティス」ということだったので,仕方がないとも考えています.結局,全体を見ようとして,効果がはっきりしなくなってしまいました.また,実は,本実験におけるトレーニングが何に対して効果があるのか,最近までよくわかっていなかったのです.今は少しづつこのトレーニングにおいて,何をやっていて,何に対して効果があるかが見え始めています.このことは麓先生に対する返答にも触れておきました.
このような実際場面以外のトレーニングについてのご意見に対してですが,本実験のトレーニングにおいては「ビデオによるフィードバック」やそれに対する自分のプレーについて考えることは,運動技能に直結はしないと思いますが,ボールゲームにおいて単なるボール扱いより,「何をするか」ということを常に考えることは不可欠です.もちろん,わかっていてもできないということはありますが,意識の変化は運動学習の基本であると考えます.「わかる」から「できる」への変化の過程には,本実験の想定トレーニングのような橋渡し的なトレーニングがあるとなお良いでしょう.このように私は考えます.
この件に関して,兄井先生のご意見に私も同感です.知識が構造化されれば,それを取り出すための時間も短縮しますから,状況判断に要する時間が短縮し,状況判断能力が向上するのでしょう.